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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)6076号 判決

原告 有限会社丸大自動車 外一名

被告 城南信用金庫

主文

被告は、原告らに対し各金六三七、四七五円ずつおよびこれらに対する昭和三九年二月一六日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分しその三を被告のその余を原告らの負担とする。

この判決は、第一項に限り、原告らにおいて各金二〇万円の担保を供するときはそれぞれ仮りに執行することができる。

事実

第一当事者双方の申立て

原告ら訴訟代理人は「被告は原告らに対しそれぞれ金一〇〇万円ずつおよびこれらに対する昭和三九年二月一六日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二原告の主張

(請求の原因)

一  原告有限会社丸大自動車および同有限会社伊田合板所は、訴外高千穂紙工株式会社(以下単に「訴外会社」という。)に対し、東京地方裁判所昭和三八年(ワ)第一六〇五号約束手形金請求訴訟事件の判決の執行力ある正本に基づき別紙目録記載の各債権(以下「本件預託金」という。)に対し東京地方裁判所昭和三八年(ル)第一一八四号(原告丸大自動車の分)、同第一一八五号(原告伊田合板所の分)によりそれぞれ債権差押ならびに転付命令をえ、同命令正本は訴外会社には昭和三八年五月一二日、被告には同月一一日それぞれ送達された。

二  しかし、訴外日光産業株式会社(以下単に「日光産業」という。)が昭和三八年四月一七日本件預託金につき差押命令をえていたので、前項のうち転付命令は効力を生じなかつた。

三  日光産業は、同年一二月一九日差押命令の執行を取り消されたので、原告らは、さらに東京地方裁判所昭和三九年(ヲ)第三二六号、同第三二七号により本件預託金につき債権転付命令をえ、右命令正本は被告および訴外会社に対し昭和三九年二月一五日送達された。

四  よつて、原告らは被告に対し前項の転付命令に基づき本件預託金一〇〇万円ずつおよびこれらに対する右転付命令送達の日の翌日である昭和三九年二月一六日から完済にいたるまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(抗弁に対する答弁)

一  抗弁第一項の事実は認める。

二  同第二項の事実のうち、訴外会社が昭和三八年三月二五日までの割賦金合計金一八〇万円および三月分までの利息金を弁済したことおよび同年四月一七日日光産業から本件預託金の差押をうけたことは認める。

三  同三項のうち、昭和三八年五月二九日別口不渡の発生により同年五月三一日異議申立提供金が被告に返還されたことは認めるが、本件預託金の弁済期が昭和三八年五月三一日であることは争う。すなわち、受働債権である本件預託金は、普通預金に似て訴外会社が不渡処分を甘受して、その返還請求をすれば被告においていつでも支払いに応じなければならないものであるから、預託の時から弁済期にあるものであり、しかも、預託債権等のごとく貸付債権のための担保もしくは見返りたる性格のものではないから、被告が将来当然に相殺しうべき確実な期待さえ有するものでない。

四  同第四項のうち被告がその主張の日ごろ訴外会社に対し相殺の意思表示をしたことは否認し、かつ、法律上の主張を争う。

第三被告の主張

(請求原因に対する答弁)

原告の請求原因事実は認める。

(抗弁)

一  被告は、昭和三七年九月二六日、訴外会社に対し、金一、〇〇〇万円をつぎの約定で貸渡した。

1 弁済期 昭和三七年一〇月二五日を第一回として爾後毎月二五日限り毎回金三〇万円ずつ一二回に割賦弁済することとし、最終の割賦金を金六七〇万円とする。

2 利息 日歩二銭五厘の割合で毎月二五日限りその月末までの分を支払う。

3 期限の利益喪失約款 訴外会社が税金の滞納処分もしくは第三者から仮差押、仮処分、強制執行を受け、または破産、和議、競売の申立てがあつた場合には、訴外会社は、自動的に本件債務の弁済期限の利益を失い直ちに未済債務全額を弁済しなければならない。

二  訴外会社は、昭和三八年三月二五日までに被告に対し六回分の割賦金合計金一八〇万円および三月分までの利息金を弁済したところ、同年四月一七日日光産業から本件預託金の差押をうけたので、前項の約定に基づき、同日、同年四月二五日以降の割賦金につき期限の利益を喪失し残額元金八二〇万円につき弁済期が到来した。

三  ところで、被告は、昭和三八年二月二八日訴外会社から本件預託金を受入れたが、同年五月二九日、訴外会社が別口不渡の発生により銀行取引停止処分に付されたので、同年五月三一日異議申立提供金は東京銀行協会東京手形交換所から被告に返還され、同日、本件預託金の弁済期が到来した。

四  そこで、被告は、同日、前記貸付残元金八二〇万円および利息金を自働債権とし、本件預託金合計金二〇〇万円を受働債権とし対等額において相殺し、右相殺の意思表示は、昭和三八年六月九日ごろ訴外会社代表取締役吉永世司治に対し口頭でなした。

以上のとおり、被告は、支払の差止めをうける以前に取得した債権を有し、しかもその弁済期が原告らの差押以前に到来しているのであるから、右相殺をもつて、原告らに対抗しうる。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  原告らの請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  よつて、被告の抗弁について判断する。

1  被告が昭和三七年九月二六日訴外会社に対し金一〇〇〇万円を、弁済期同年一〇日二五日を第一回として以後毎月二五日限り金三〇万円ずつ一二回に割賦弁済し、最終の割賦金は金六七〇万円とする、利息は日歩二銭五厘の割合で毎月二五日限りその月末までの分を支払う、訴外会社が税金の滞納処分もしくは第三者から仮差押、仮処分、強制処分を受けまたは破産和議競売の申立てがあつた場合、訴外会社は自動的に本件債務の弁済期限の利益を失い直ちに未済債務金全額を弁済する旨の約定で貸渡したこと、訴外会社が被告に対し昭和三八年三月二五日までの割賦金ならびに利息金の支払いをしたが、同年四月一七日、日光産業から本件預託金の差押を受けたこと、被告が昭和三八年二月二八日訴外会社から本件預託金を受け入れたが、同年五月二九日別口不渡の発生により本件預託金が同年五月三一日東京銀行協会東京手形交換所から被告に返還されたことはいずれも当事者間に争いがない。

そして、証人吉永世司治の証言によれば被告会社羽田支店長秋元末吉がまだ原告らの移付命令が効力を生じていない昭和三八年九月ごろ被告会社羽田支店において債務者である訴外会社代表取締役吉永世司治に対し口頭で前示期限の利益喪失約款に基づき被告の貸付残元金八二〇万円および利息金を自働債権とし本件預託金を受働債権とし対等額において相殺する旨の意思表示をしたことが認められ、他にこれを左右するに足る証拠はない。

2  さて、差押債権者に対する第三債務者の反対債権をもつてする相殺の効力につき、民法五一一条は「支払ノ差止ヲ受ケタル第三債務者ハ其後ニ取得シタル債権ニ依リ相殺ヲ以テ差押債権者ニ対抗スルコトヲ得ス」と規定するのみで、第三債務者が差押前に債権を取得している場合については直接規定するところがない。しかし、同規定は反対債権をもつ第三債務者の地位と差押の効力とを公平の理念に基づいて調和をはかつたものであるから、かかる立法趣旨に徴するときは、第三債務者が差押前に取得した債権であるからといつて、その弁済期のいかんにかかわらず、すべて差押債権者に相殺をもつて対抗し得るものと解するのは正当ではなく、差押当時両債権がすでに相殺適状にあるときはもちろん、反対債権が差押当時未だ弁済期に達していない場合でも、被差押債権である受働債権の弁済期より先にその弁済期が到来するものであるときは相殺をもつて差押債権者に対抗し得るが、これに反し、反対債権の弁済期が被差押債権の弁済期より後に到来する場合は、相殺をもつて差押債権者に対抗できないものと解するのが相当である。けだし、被差押債権の弁済期が到来して差押債権者がその履行を請求し得る状態に達したときは、それ以前に自働債権の弁済期はすでに到来しているのであるから、第三債務者は自働債権により被差押債権と相殺することができる関係にあり、かかる第三債務者の自己の反対債権をもつてする将来の相殺に関する期待は正当に保護さるべきであるが、これに反し、反対債権の弁済期が被差押債権の弁済期より後に到来する場合は、被差押債権の弁済期が到来して第三債務者に対し履行の請求をすることができるにいたつたときには、第三債務者は自己の反対債権の弁済期が到来していないから、相殺を主張することができない関係にあり、かかる第三債務者は差押当時自己の反対債権をもつて被差押債権と相殺し自己の債務を免るべき正当な期待を有していたものとはいえず、したがつてかかる第三債務者を特に保護すべき必要がないというべきであるからである。(最判昭和三九年一二月二三日集一八巻一〇号一七五頁参照)

3  ところで訴外会社と被告間における消費貸借契約において「訴外会社が税金の滞納処分もしくは第三者から仮差押、仮処分、強制処分を受けまたは破産和議競売の申立てがあつた場合には訴外会社は自動的に本件債務の弁済期限の利益を失い直ちに未済債務金全額を弁済しなければならない」旨のいわゆる期限の利益喪失約款が締結されていたこと前示のとおりであり、被告は、これによつて自働債権である貸付債権の弁済期が原告らの差押当時すでに受働債権である本件預託金の弁済期より先に到来したと主張する。しかし、かような期限の利益喪失約款はもとより有効であるが、第三債務者が反対債権により相殺をもつて差押債権者に対抗する関係においては、その効力を有しないと解するを相当とする。けだし、期限の利益喪失約款は、あらかじめ私人間の契約によつて法の認める以上に相殺の効力を拡張して差押の効力を排除しようとするものであるが、かようなことは、反対債権をもつ第三債務者の地位と差押の効力とを公平の理念に基づいて調和をはかつている前示法の精神をみだりにふみにじることを容認する結果を招くことになり私法自治の原則をもつてしても到底許されないというべきであるからである。したがつて、かような期限の利益喪失約款があつても、これを考慮することなく、また、差押債権者においてこれを知ると否とにかかわらず、前示のとおり、反対債権者の弁済期が被差押債権の弁済期より先にくるものについては相殺をもつて差押債権者に対抗することができるが、反対債権者の弁済期が被差押債権の弁済期より後にくるものについては相殺をもつて差押債権者に対抗することができないと解すべきである。

4  これを本件についてみるに、受働債権である本件預託金については、昭和三八年五月二九日別口不渡の発生より同年五月三一日異議申立提供金が東京銀行協会東京手形交換所から被告に返還されたことは前示のとおりであるから、同日その弁済期が到来したものというべく、他方、自働債権である貸金残元金については同年四月以後毎月二五日限り金三〇万円ずつ、ただし同年九月分は金六七〇万円、利息については日歩金二銭五厘毎月二五日限りその月末までの分を支払う約定であつたことも前示のとおりであるから、原告らが差押をした当時、右自働債権のうち受働債権である本件預託金より先に弁済期が到来するものは同年四月二五日支払分割賦金三〇万円ならびに利息金六一、五〇〇円および五月二五日支払分割賦金三〇万円ならびに利息金六三、五五〇円合計金七二五、〇五〇円であるところ、相殺の目的となる債権につき当事者の指定がなされたとの主張立証がないから、民法五一二条、四八九条に則り相殺すれば、本件預託金二口、各金一〇〇万円につきそれぞれ右各債権の半額ずつを充当したことになり、したがつて被告は上叙相殺による消滅をもつて差押債権者である原告らに対し、それぞれ金三六二、五二五円については対抗することができるが、その余の金六三七、四七五円については対抗することができないものというべきである。

原告らは本件預託金は普通預金に似て請求があればいつでも返還に応じなければならないものであるから、預託の時から弁済期にあるものであり、しかも預金のように貸付債権の担保たる性質のものではないから、第三債務者において反対債権をもつて相殺しうべき期待さえ有するものではないと主張するが、いわゆる預託金なるものは不渡手形を返還した金融機関が手形債務者の依頼に応じその者に対する不渡処分を免れるため銀行協会を通じ手形交換所に提供する目的で受取つたものであるから、別口不渡の発生等のため異議申立提供金が右の金融機関に返還されたときに右委任事務は終了し、預託者にこれを返還すべき債務が発生するものというべく、したがつて本件預託金の弁済期は前示のとおり異議申立提供金が被告に返還された日である昭和三八年五月三一日に到来したものと解すべきであるし、また、およそ相殺制度のもつ担保的機能は差押債権者との関係においては前示のように制限せらるべきものであり、この制限は被差押債権が反対債権の担保たる性質のものであると否とにはかかわりがないというべきである。

三  そうすると、被告は、原告らに対しそれぞれ上記金六三七、四七五円およびこれらに対する原告らの転付命令の送達の日の翌日である昭和三九年二月一六日から右完済まで商事法定利率年六分の割合による金員を支払う義務があるが、上記の金三六二、五二五円については支払義務がないといわなければならない。

よつて、原告らの本訴請求はいずれも右認定の限度において理由があるから認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条九三条一項を仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉本良吉 内藤正久 筧康生)

別紙

目録

債務者である高千穂紙工株式会社が被告に対する高千穂紙工株式会社が約束手形の不渡処分を免れるため社団法人東京銀行協会に提供する目的で被告に預託した金一〇〇万円ずつ(二口)の返還請求権

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